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│一覧 │2006.01.23
274 :名無しさん@3周年:2006/01/23(月) 14:40:36 ID:pFucAd+e http://shinranshonin.hp.infoseek.co.jp/lesson/lesson3.htm >「死んだらどうなるか」なんて考えても仕方ない、とあきらめる。 >思考停止である。 では、お釈迦様も思考停止ですか? お釈迦さまは、他の思想家から「死後に地獄、極楽があるのか、あの世はあるのかないのか」といった観念的な質問に対しては答えずに、ただ沈黙されたといい、これを仏教語では「無記答」といいます。 無記とは答えない、無回答ということですが、悪事を為しながら知らんふりすることとはちがいます。また、仏教以外の思想家が「釈尊は回答できないのだ」と非難すると、釈尊は「もっと大切なことを問うがよい」と正されたそうです。 http://www3.ic-net.or.jp/~yaguchi/houwa/sigonosekai.htm 2006.01.19
132 :名無しさん@3周年:2006/01/20(金) 01:32:10
ID:upan6I2J >>115 >真実を伝えるために必要なことはしなきゃいけないに決まってるじゃん。 自分達の信じることを人に伝えるうえで、人から信用を得られるように正々堂々と法人名を出し、活動内容を明らかにしたうえで勧誘するのと、人には見せられないような情動操作を意図した会合や勧誘マニュアル作りを影で行い、それがバレて信用を失うのと、どっちが必要だとあなた自自身は思いますか? >で、かえって遠のかせるようなことでは逆効果だしなー。 少なくとも私は、勧誘の内実を知ったが為に会を辞めようと思いました。 私自身の「s会を信じよう」と思った経緯を振り返ると、メカニズムとしては>>38のサイトにある、統一教会の信者が経た入信過程と「本質的に変わらない」と思い、そうして作り上げられた自分の信念に自信が持てなくなったからです。 「仏教には、自分では知り得なかった、何かとてつもなく凄いことが説かれているのだろうな」という思いはあります。 けれども、少なくとも今の私は、こうした感情も含めて、親鸞会を信じていた頃の自分を信じることができません。 ここに、学生勧誘(いわゆるダミサ勧誘)を経て来られた方はいらっしゃいますか? その方は、ご自身の入信過程を、親や友達、世間一般に対してそこであったことを「これが自分の思想のルーツだ」と、その過程をつまびらかに堂々と語ることができますか? 学生勧誘をやったことのある人は、そこで行われることの全てを人に堂々と語れますか? 私は親や幾人かの友人に話しました。 「宗教ではないサークル」として念を押されたこと、親や友人には話さないようにと言われたこと、合宿先で入会するよう説得を受け即決を求められたこと、新入生勧誘にあたって設定されたマニュアルや嘘等々… 親から言われた一言は、「生き直せ」。この一言でした。後はただ泣いていました。 とりとめもなくなってすみません…ともかくも、親鸞会から受けた勧誘は、私にとっては「逆効果」でした。 │一覧 │ 一番上に戻る │ |